2009年07月28日
パレスチナ問題とは
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テレビのニュースや新聞などでたびたび見かける「パレスチナ問題」。
でも、この「パレスチナ問題」をはっきり理解している日本人って少ないはず。
「ざっくりマンデー!!」ですごく分かりやすく「パレスチナ問題」について説明していました。
パレスチナ問題でキーポイントとなるのが、中東の国イスラエルの首都エルサレム。
このエルサレムはキリスト教とイスラム教とユダヤ教にとっては宗教が生まれた聖地。
だから、キリスト教徒もイスラム教徒もユダヤ教徒も、このエルサレムの土地にはすごく思い入れが強い。
3つの宗教ともに「エルサレムはうちの聖地だ!」と言っている。
問題の始まりは紀元前11世紀ごろ。
この頃、イスラエルがある場所に住んでいたのがユダヤ教徒のユダヤ人。
この場所はヨーロッパ、アフリカ、アジアのつなぎ目にある大事な場所だったので、この土地を欲しがる周りの国から頻繁に攻められていた。
そのため、ユダヤ人は「こんなに攻められるのはたまらない。この土地を離れよう!」と多くのユダヤ人たちはこの土地から離れて、他国へと移り住んだ。
その後、16世紀にはイスラム教徒のアラブ人が「おれたちの住む場所はここだ!」とイスラエルがある場所に住むアラブ人が増えていった。このアラブ人がいわゆるパレスチナ人。
一方、この場所を離れていったユダヤ人は、もともと真面目でビジネス上手な国民性のおかげか、それぞれの国で成功を収めお金持ちに。
しかし、ユダヤ人の故郷に対する思いは強く、「やっぱり昔住んでいた場所がいいなぁー。故郷に帰ろう!」と元々のふるさとのある今のイスラエルの場所に移住。
その後、ちいさな争いはあったが、ユダヤ人とパレスチナ人は穏やかに暮らすことに。
ところが、イギリスが争いの火種を作ってしまった。
イギリスは第一次世界大戦の時、ユダヤ人に「戦争に使うための資金が足らないからお金を貸して。そのお礼に君たちだけの国を作ってあげるよ」と持ちかけた。
ユダヤ人は自分たちの国に聖地を作れると大喜び。
しかし、イギリスは同じ時期にパレスチナ人にも「戦争のための兵隊が足りないから、手伝ってくれたら君たちだけの国を作ってあげるよ」と持ちかけていた。
このイギリスの二枚舌がトラブルの発端に。
当然、戦争が終わったら、ユダヤ人もパレスチナ人も同じ土地を自分の国にしようとした。
ウソがバレたイギリスは解決が出来ずに最終的には手におえなくなり、この問題の解決を国連にお願いした。
そして、国連が出した答えは「この場所はユダヤ人国家イスラエルにする!」というもの。
この国連の決断にパレスチナ人たちが激怒。
パレスチナ人にアラブ周辺の国々が協力し、イスラエルとの戦争が勃発。
この戦争はほとんどがイスラエル側の勝利に終わったが、ごく一部はパレスチナ側が土地を占領した。
その土地はヨルダン川西岸地区とガザ地区。
特にガザ地区には「イスラエルは絶対に許さない!」と怒りに燃える人たちが多く、1980年代に「ハマス」という組織を結成。
この「ハマス」はかなりの武道派でイスラエルに対してテロ攻撃を何度も行う。
このハマスの攻撃に対して、イスラエルも応戦。収拾のつかない事態に。
これが、現在のイスラエルの状態で「パレスチナ問題」と呼ばれているもの。
そして、ガザ地区にもイスラエル人がぽつぽつと住んでおり、イスラエル人からしてみると、いつ攻撃されるか分からないので、逆に攻撃してしまう。そのため、臨戦態勢がずーと続いている。
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